[10]七井地区 風土・風景を読み解くつどい 4/28

4月28日にあぐり館にて開催した、益子町北西部に位置する七井地区の「風土・風景を読み解くつどい」。
七井地区は緩やかな起伏のある地形で、隣町の市貝町との町境に面しており、
町を南北に縦断する小貝川がこの地区のほぼ中央を流れています。真岡鉄道七井駅の東には七井城跡があり、
城下町でもあった中心街では、
鉄道の終点が七井駅だった頃、繁華街として映画館や宿がありました。
その頃の名残で中心街には今でも屋号が多く残っています。
七井には、水の染み入る場所が多くあり、その幾つかには名前が付けられ、
七つの井戸の由来と言われるこの地区の「つどい」のご報告です。

[七井地区スライドNo.50]

「七井」の地名は「七つの井戸」があったことに由来することが知られています。
地元の方々で組織した七井仲町文化部が、この七つの井戸に何度も出向き、
下記スライド内の資料を作成されました。

[七井地区スライドNo.51]

井の名称と位置については諸説があり、今後詳しい検討を必要であると七井にお住いの大岡忠男さんは言います。

[七井地区スライドNo.20]

大岡忠男さんの聞き取りでは、七井の夏祭り”ギョンサマ”と農業との関わりについて教えてくださいました。
つどい当日もお越しいただき、ギョンサマと”一番まわり”の経過など
語り継いでいかなければならないと思っているとおっしゃっていました。

[七井地区スライドNo.21]

[七井地区スライドNo.26]七井の祇園祭

[七井地区スライドNo.30]七井宿図(『益子の歴史』332頁)

この図にあるお店は、およそ子供の頃まで残っていたと橋本晧朗さん。
子供の頃は、友達を苗字で呼ばず、ゲタヤ・コウジヤといった「屋号」で呼んでいたそうです。

この風土・風景を読み解くプロジェクトを通して、町民の方々から「気持ちが良い」「心地良い」場所を
たくさん教えていただきました。
会期中の「土祭風景遠足」では土祭会場とならない場所にも来場者に楽しんでいただきたいと企画しております。
下記の写真は七井地区の1コマ。このような場所がたくさん益子にはあります。
もちろん、土祭会期中もお越しいただければと思いますが、普段からこのゆったりとした風景を持つ「益子」も
是非来町いただき、お楽しみいただければと思います。

 

(土祭事務局 増田)

「土祭風景遠足」コース検討ロケハン(2)

5月11日の当ブログでお伝えした(→こちら)「土祭風景遠足」ロケハン2回目のご報告です。

前回、下見に回ったのは、益子町内の南に位置する山本・田野地区。
そして今回は、西に位置する塙・星の宮地区。
益子町の中での新しい住宅地が多いエリアですが、通りから少し奥に入ると・・・・・・

水田の奥、まんなかあたりに、林の中を抜ける道が、みえますか?

 

雑木や竹の林。ほどよくまだらにさす木洩れ陽。

「竹の枯葉が落ちて敷きつめられた道は、明るい表情を作りますね」と廣瀬ディレクター。

 

しばらくして細い舗装路に出て、歩きながら見上げると、そこここに、食べものが・・・!笑

 

グミ、山椒、 そして6月の柿。

9月になると、益子の道は、どんな景色を見せてくれるでしょう。
「土祭風景遠足」については、企画概要の「プログラム02イベント土祭風景遠足」
(→こちら土祭2015)をご覧ください。
日程は変更になる場合もあり、詳しい実施概要は7月にウェブでご案内します。

 

(土祭事務局 簑田)

 

[9]大沢・北中地区 風土・風景を読み解くつどい 4/14

今年度の第一弾として4月14日にあぐり館にて開催した、益子町北部に位置する大沢・北中地区の「風土・風景を読み解くつどい」。
西は小貝川沿いの低地から東は隣の茂木町に続く丘陵地まで、多様性に富んだ風景が見られるこの地区の「つどい」のご報告です。

[大沢・北中地区スライドNo.17]

広いこの地区を丁寧に読み解いていくため、今回の廣瀬先生のスライドは歴史の流れに沿った組み立てに。
縄文時代の遺跡が点在し、古くから人が住んでいたことが分かります。

[大沢・北中地区スライドNo.19]

続いて、長い歴史を有する寺社。
景行(けいこう)天皇については諸説ありますが、実在を仮定すれば御霊(ごれい)神社の創建は4世紀頃!
昔から続く神社の行事を引き継ぐべく、今を生きる地域の方も様々な工夫を。

[大沢・北中地区スライドNo.35]

神社のほかにも、さらに小さな「おまつり」の話が数多く。
小塙宏人さんに聞き取りに伺うと、大日堂、薬師堂、弁財天などを地域の役員で今でも「おまつり」しているとのこと。
中でも「沼の真ん中に弁天様がある」との情報が気になり、事務局員が道を聞いて行ってみたものの、沼らしきものは見当たりませんでした。
諦めかけていたところ、後日廣瀬先生と周辺を踏査していたときに偶然小塙さんに遭遇。
これは幸運、とばかりに案内をお願いして、水が染み出す森の奥へと連れて行っていただきました。

[大沢・北中地区スライドNo.41]

沼の「中の島」にあるという弁天様の祠は生い茂る草木に遮られて見えませんでしたが、それでも年1回の「おまつり」を欠かさず続けているとのことでした。

「続けること」ばかりでなく、「新たに始めたこと」にも歴史の流れの中に位置づけられるものがあります。

[大沢・北中地区スライドNo.60]

平安時代末期の創建と伝えられる北中八幡宮ですが、実は江戸時代に氏子たちにより再建されたもの。
その八幡宮の例大祭では昨年、29年ぶりに子どもみこしが出陣。
清水益栄さんが「結構住みよいところなんで、子どもが増えている」と語る北中の方々が、せっかく子どもが増えたので「何かやろう」と復活させました。

[大沢・北中地区スライドNo.89]

室町時代、良栄上人が開創した円通寺には、学問所としての「大沢文庫」が置かれ、多くの子弟を育成しました。
その流れを受け継ぐかのように、現代の大沢では、石川綾子さんが自宅の一室を子どもたちのために開放し、「まーしこ・むーしか文庫」を開設しています。

[大沢・北中地区スライドNo.53]

第二次大戦後、大沢の丘陵地帯では食糧増産のために雑木山の開拓が行われ、葉タバコと麦類を中心とした農業が営まれてきました。
そんなかつての開拓地で、昭和57年に島田春夫さんが葉タバコからリンゴの栽培に転換したきっかけは「子どもはやらないと思った」こと。
最初はノウハウがなかったため、遠方のリンゴ農家に自分で連絡を取って教わりに行き、今では約25もの品種を栽培しています。

これらの「新たに始めたこと」に共通しているのは、未来を担う世代への思い。

[大沢・北中地区スライドNo.88]

それは、地域のあり方にも深く関わってきます。
そのことを端的に表すのが、幼稚園を経営しながら、平成17年に世代間の交流と地域活性化を目的に大沢お囃子会を立ち上げた佐藤広志さんの言葉。

[大沢・北中地区スライドNo.67]

世代を「つなぐ」、そして地域を「つなぐ」ことへの真摯さが共有されたのか、廣瀬先生の報告を聞いた参加者からは次々と新たな情報提供をいただきました。

中でも、綿を扱う技術の復活に取り組む橋本晧郎さんは、かつて真岡木綿の産地に含まれたこの土地で明治時代から「ぶつっと切れた綿の文化をつなぎなおしたい」との思いを語ってくれました。

風土・風景の読み解きを土祭に、そしてその後に「つなぐ」ことへの期待の高まりを、改めて感じた「つどい」でした。

…………
土祭2015に向けた全13回の「地区ごとの風土・風景を読み解くつどい」も、残すところあと2回。

今後の「つどい」は…
塙地区   5月24日(日)18:30-20:30 塙公民館にて
星の宮地区 6月13日(土)18:30-20:30 星の宮公民館にて

お住まいの地区にかかわらず、どなたでもご参加いただけます。
この機会をお見逃しなく!   (土祭事務局 今井)

「土祭風景遠足」のコースは?

 

土祭で、風景の中へ、遠足にでかけよう。

 

モデルが男性3人なのが少し残念な気がしますが、
廣瀬ディレクターと事務局では、土祭会期中に行う「土祭風景遠足」のコース検討を始めました。

*先日お知らせした企画概要の「プログラム02イベント土祭風景遠足」です。
リンクはこちら→土祭2015
日程は変更になる場合もあり、詳しい実施概要は7月にウェブでご案内します。

以下に少し、5月10日の日曜日に某地区を下見検討した際の写真をいくつか…。


この場所から見える、風景は?


ホオノキの花が咲き始めていました。

わたしたちは、このあたりで、遠足という物語の「主人公」を探していました。

物語の主人公に感情移入して、その世界を堪能できるように、
遠足でも、みなさんに気持ちを沿わせていただけそうな「主人公」を。

それは、「水の流れ」

くわしいことは、また次に遠足下見実施してからのお知らせで。


作業の手を休めて農家の方が地域の歴史のことを語ってくださいました。
すぐに聞き取りモードに突入であります。

まち歩き、ツアーガイド、エクスカーション…いろんなスタイルの「ご案内」はありますが、
土祭で行いたいことは、これはもう「風景遠足」としか呼びようがない…。

この日も、風が心地よいものの気温は上がり…麦畑の横を歩きながら、
「この麦はビールになるのかパンになるのか?」「なに麦なのか?」「ビール?」「ビール!」…と
つぶやきながら帰路についたのでした。

これから初夏に向けて、私たちの町でもあなたの町でも、風景の移ろいもまた楽しみな季節ですね。
「土祭風景遠足」について、まずは最初のご案内でした。

(土祭事務局 簑田)

[8]小宅地区 風土・風景を読み解くつどい 2/14

2月14日に小宅西公民館にて開催した、益子町北部に位置し、益子焼の釉薬の原料となる
芦沼石を産出する小宅地区の「風土・風景を読み解くつどい」。
廣瀬先生作成のスライドを一部紹介しながらご報告します。

[小宅地区スライドNo.20]

現在では専ら窯業用として、屑石を粉にしたものが利用されている芦沼石ですが、
昭和20年代までは建材として採掘され、大谷石と同じように使われていました。
それを物語るものとして紹介されたのが、この地区にある西坪古墳群の石室に使われている石。

[小宅地区スライドNo.21]

遠い昔から営まれてきた石にまつわる仕事は、この地区での採掘がなされなくなってからも、
大谷石などの加工に軸足を移して続けられてきました。
かつて石の加工に携わっていた岡本光一さんに聞き取りに伺うと、思いがけず
「コンニャクを栽培して手づくりコンニャクをつくっている」という情報が。

[小宅地区スライドNo.39]

これを「つどい」の場で紹介したところ、会場からは「家の裏の山に生えている」
「この土地に生えているものは、量はとれないが病気にかかりにくい」といった声が
次々と上がりました。

さらに、廣瀬先生がコンニャクを他の随伴作物と共に育てる自然生(じねんじょう)
栽培について話題にしたところ、随伴作物としてのチャの栽培の話で大いに盛り上がり、
地域で受け継がれてきた知恵を共有する機会となりました。

[小宅地区スライドNo.45]

また、岡本さんが使わなくなったかつての飼料畑に「荒れたままにしておいては先祖に申し訳ない」
とクヌギなどを植えていることも紹介。

[小宅地区スライドNo.38]

このような自主的な環境整備は、個人としての取り組みにとどまらず、地域の方々が集まって大規模に
取り組んでいる事例もこの地区に。
亀岡八幡宮の敷地に18基もの古墳が残る小宅古墳群の周辺では、中山正夫さんを中心に、氏子青年会と
里山の会が草刈りや400本もの桜の植樹、そして菜の花の栽培に取り組んできました。

[小宅地区スライドNo.57]

菜の花の栽培は、花を見るだけでなく、蜜を採ったり摘んで食べたり、油を搾って搾りかすを
堆肥にするところまで視野に入れています。
このことを紹介すると、中山さんが「ここにある財源は土地だけだから、土地を2倍に使う
二毛作のためにナタネ栽培を推奨したい」という考えを語ってくれました。

[小宅地区スライドNo.59]

また、有機農業に取り組む床井剛さんの「農業を守ることが地域の共同体を守ることに強く関係する」
という考えや、「芦沼のササラ」と呼ばれる獅子舞の継承に取り組む森嶋茂さんの
「同じ地区に生きる人のつながりを保つ手段として獅子舞がある」という考えも紹介。
会場では活発な意見交換が行われました。

これを踏まえて発せられた、「これで小宅はやっていけそうか?」との問いに対して、廣瀬先生からは
現在の方向性を「とても好ましいですね」と評価しつつ「他の地区との連携も模索してはどうか」との
助言がありました。
例として挙げられたのが、菜の花油についての田野地区での取り組み。

[田野地区スライドNo.76]

それぞれの地区の魅力を磨いていくために、地区間での連携のきっかけをつくっていくことも、
土祭が果たすべき役割の一つです。

…………
土祭本番の2015年度が、いよいよ始まります。

4月の「つどい」は…
大沢・北中地区 4月14日(火)18:30-20:30 あぐり館にて
七井地区    4月28日(火)18:30-20:30 あぐり館にて

ぜひ、ご参加ください。   (土祭事務局 今井)

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