レポーターコラム:祭りの後(その2)
土祭2021レポーターの鈴木です。
私は長年、「インタープリテーション」という活動を通して、自然や地域のことを来訪者に紹介するという仕事(インタープリターと言います)をしてきました。
※「インタープリテーション」を直訳すれば通訳という意味になりますが、ここでは体験活動の分野で使われている「単なる情報の提供でなく直接体験や教材を通し、事物や事象の背後にある意味や関係を明らかにすることを目的とした教育活動を指す」という意味でご理解ください。
さて、今回の土祭はコロナの影響でプログラムが長期間にわたって開催されました。そのせいか私としては、いつの間にか始まりいつの間にか終わっていた、という印象です。
2012年に栃木にやってきて以来、前回(2018年)の土祭までは「傍観者」として土祭を体験してきましたが、今回はレポーターという「当事者」としての立ち位置で見、インタープリターの視点で発信してきました。
傍観者としての土祭は、こうした地域に根差した「まつり」に興味があった私にとって、地元の方々の熱や町に対する愛情を感じることができる刺激的な場でした。
2012年の土祭にて
2015年の土祭にて
2018年の土祭にて
でもそれは、もしかしたら「他人事」だったからかもしれません。
土祭2021レポーターとして一通りのレポートを終えた今、これまで見てきた土祭とは違った印象を抱いています。
確かにこれまでレポートしてきましたように、私が見てきたプログラム一つ一つの背後には、人づくりや地域づくりにつながる、いわば本質的な意味が感じられました。
それは、
地域の中でアートが果たす役割だったり、
(http://hijisai.jp/blog/2021hijisai/public_relations_project/10865/)
幸せを感じる地域のあり方だったり、
(http://hijisai.jp/blog/2021hijisai/related_projects/11410/)
これからの地域課題解決のあり方だったり、
(http://hijisai.jp/blog/2021hijisai/create_field_space/12058/)
地域に「あるもの」を探す大切さ、
(http://hijisai.jp/blog/2021hijisai/landscape/12245/)
でした。
こうした、直接的な体験だけではなくその背後にあるテーマや関係を明らかにすることで、これらのプログラムが益子町で行われる意味をお伝えしてきたつもりです。
しかしながら、これらプログラムを含む土祭全体を「当事者」として見ていくうちに、
土祭2021にはそうした「意味」があったのでしょうか
それは地域の方々に共有されていたのでしょうか
それは来訪された方々に伝わっていたのでしょうか
そんな思いを抱くようになりました。
あくまでも私見ですが、土祭開催を伝える紙媒体やウェブサイトはありましたが、2009年の土祭スタートの際に掲げられた「町民たちが中心となってつくりあげ」ていこうという思いがもっと強く発信されていてもよかったのではと感じています。
確かにウェブサイトには、「土祭/ヒジサイは、2009年に窯業と農業の里・栃木県益子町で生まれた、行政と住民が協働でつくりあげる風土に根ざした地域づくりの祭りです」と書かれています。
こう言葉で表現するのは簡単ですが、協働・風土・地域づくりを実際に進めていくには、行政と住民がそれぞれの考えを持ちながら丁寧に進めていくことが大切です。
「町民が中心」という思いをもっと強くと感じた原因は、その丁寧さの部分に一町民として関わる機会が少なかったから。そんな印象を抱いています。
同時に私自身も、レポーターとして町民の皆さんに対して「関わりたい」と思っていただける発信がもっとできなかったのか、という反省もあります。
次に「土祭」が開催されるとしたら、町民が中心となり行政がそれを支えるという「協働」の姿を外に発信していく場になり、より一層皆が関わっていきたい、関わってよかったと思えるものに、自分たちがなにをしていけるのか。
「祭りの後」の今だからこそ、考え動いていきたいものです。
(土祭2021レポーター:鈴木利典)